大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成2年(わ)452号 判決

主文

被告甲を懲役三年に、同乙を懲役一年六月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人甲に対しては二二〇日を、同乙に対しては七〇日を、それぞれの刑に算入する。この裁判の確定した日から、被告人甲に対し四年間、同乙に対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。押収してあるテレホンカード一枚(平成二年押第一二六号の1)を被害者Aに還付する。

訴訟費用のうち、証人丹治英明及び同木口一廣に支給した分はその二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

【理由目次】 〈本丁省略〉

(犯行に至る経緯)

(罪となるべき事実)

(証拠の標目)

(事実認定の補足説明)

第一  総説

第二  A及び被告人らの各供述の概要

一  A証言の要旨

二  被告人らの供述の要旨

第三  A証言の信用性の検討

一  A証言の問題点(1)――その信用性評価にあたって念頭に置くべき一般的な問題点

二  A証言の問題点(2)――その信用性の具体的検討

三  補説

第四  強姦の犯意の有無(発生時期)、共謀の成否等

一  前提問題――客観的事実関係

二  事前の犯意の存否及び事前共謀の成否

三  現場共謀の成否

四  現場共謀の認定の可否

第五  窃盗の共謀について

(法令の適用)

(量刑の理由)

【理由本文】

(犯行に至る経緯)

被告人両名は、平成二年五月一四日深夜、同じ中学校の卒業生で、かつて職場の同僚であったB(以下「B」という。)とともに、埼玉県浦和市〈番地略〉所在居酒屋「庄や」北浦和店でビール等を飲食していた際、たまたま一人で始発電車までの時間を潰すために店内に入ってきた女子大生A(当時一八歳。以下、「A」という。)を認め、ジャンケンで負けたBが同女に対し同席を勧めたところ、これに応じた同女も席を移してきたため、皆で会話を盛り上げて、楽しい雰囲気になった。その会話の中で、同女が実父と喧嘩して家出をしてきたことなどを聞いた被告人甲は、しつこく誘えば同女が性交の求めに応ずるのではないかとの期待を抱くに至り、同女が席を外したすきに、同乙及びBに対して「やっちゃおうか。」などと言って同行することを誘い、本当はホテルへ連れ込みたいつもりであるのに、同女に対しては、「ロイヤルホストへ行こう。」と嘘を行って誘い、店外へ出ることを促した。その後、被告人甲は同行を断ったBを自宅に送り届けたのち、相被告人乙の運転する自動車内で、同女に対し、「ホテルへ行こう。」としつこく誘った結果、当初は同行を嫌がった同女も結局これを承諾したため、被告人両名は、同日午前三時ころ、同市〈番地略〉所在ホテル「○○」(いわゆるラブホテル)に向かい、右ホテルのフロントで被告人乙が手続を済ませ、突き当たりのガレージで下車した上、同女を伴ったまま、同ホテル二階の一五号室に入った。

(罪となるべき事実)

第一  平成二年五月一五日午前三時ころ、埼玉県浦和市〈番地略〉所在ホテル「○○」(いわゆるラブホテル)一五号室に、A及び被告人乙とともに入った同甲は、同女と入浴したのち、同女の合意のもとに右一五号室内の寝室のベッドに仰臥した同女の上におおいかぶさり、同女の陰部に自己の陰茎を押しあて挿入しようとしたが、恋人とラブホテルで性的行為をしたことがあるだけで性交経験のない同女が、その段階になって、にわかに体に力を入れて性交を拒否する姿勢をみせたため、陰茎の挿入ができずにいた。ところで、被告人甲は、その後、陰部の痛みに耐え兼ねた同女から、身を固くしたまま、「もう、やめようよ。」と言われ、同女が、明らかに性交を拒絶するに至ったことを知ったけれども、この期に及んでは、自己の性欲を抑えきれず、強いて同女を姦淫しようと考え、かつまた、予期に反した同女の行動に接して戸惑い、同女に馬鹿にされたように感じて憤激の念も手伝い、同女の顔面を平手で二回殴打したところ、同女から平手で一回その顔面を殴り返されたため、更に憤激するとともに、その抵抗を排除して姦淫を遂行すべく、「なめるなよ。」などと申し向け、同女の左顔面を手拳で一回強打する暴行を加えて、その反抗を抑圧し強いて同女を姦淫しようとしたが、同女があくまで両下肢に力を入れて抵抗したためその目的を遂げず、この上は、隣室にいる被告乙に強姦の機会を与えようと考え、同被告人と交代した。それまで、被告人甲とAとのやりとりを寝室とカーテン一枚を隔てた居間で聞いていた同乙は、同甲と交代して寝室に入った際、同被告人に殴られその左顔面を赤く腫らしてベッド上に横臥している同女を認め、同被告人が同女を強姦しようとして暴行を加えたことを察知したが、自己の性欲を抑えることができず、この際自らも同女を強姦しようと考え、ここに被告人両名は暗黙のうちに意思相通じ共謀の上、被告人乙も同女の上に乗りかかって、強いて同女を姦淫しようとした。しかし、同女が相変わらず両下肢に力を入れて抵抗したため、やはりその目的を遂げないでいるうち、再び寝室に現れた被告人甲において、抵抗している同女に対し、「早くやらせてやれよ。」「根性焼きだ。」などと申し向けて同女の陰部に煙草の火を近づける脅迫を加え、再び同乙と交代して更に同女を強いて姦淫しようとしたが、前同様の抵抗によりその目的を遂げず、その後、交代した被告人乙も結局その目的を遂げなかった。そして、その際、被告人甲は、自己の単独又は同乙との共謀による右一連の暴行により、同女に対し全治約七日間を要する左顔面打撲・皮下出血、左上腕打撲・皮下出血、左膝部打撲・皮下出血、右大腿部打撲・皮下出血、左前胸部打撲の傷害を負わせた。

第二  被告人両名は、共謀の上、前記第一記載の日時・場所において、前記A所有の現金一万円を窃取したが、その後、被告人甲は、同乙の不知の間に、更に同女所有のテレホンカード一枚(価格五〇〇円相当)を窃取した。

(証拠の標目)〈省略〉

(事実認定の補足説明)

第一  総説

一 本件においては、被告人両名が、公訴事実記載の日時ころ、同記載のホテル「○○」内の寝室ベッド上で、被害者Aに対し、こもごも性交を迫ったこと、最初に性交を迫った被告人甲において、両下肢に力を入れ身を固くしてこれを拒もうとした同女の顔面を平手で二回、手拳で一回各殴打したこと、その後、同被告人は、更に性交を遂げようとしたが、同女の拒絶に遭って、約三〇分後に、目的を遂げないまま被告人乙と交代したこと、同被告人においても、同女の上に乗りかかって、同女と性交を遂げようとしたが、同女が応じないでいるうち、一旦別室に立ち去った被告甲が再び寝室に現れ概ね判示認定のような言動で同女を脅迫し、再度同乙と交代して性交を迫ったが、やはり陰茎の挿入に成功せず、やむなく同女に口淫させて射精したこと、被告人乙も、その後更に同女と性交しようとしたが、結局、同甲と同様、同女に口淫させて射精したことなどの事実については、被告人両名と被害者Aの各供述が、ほぼ完全に一致しているが(また、右ホテル内において、被告人乙が、同甲と共謀の上、同女の所持品中から現金一万円を窃取したこと、及びその後被告人甲が、同乙の不知の間に、同じく同女の所持品中から、判示テレホンカード一枚を窃取したこと、被害者Aは、被告人らによる右一連の暴行により、その身体に判示傷害を負ったが、少なくともその大部分は、被告人甲が第一回目に性交を挑んだ際に生じたものと認められ、同乙が性交を挑んだ時点以降に傷害が生じたとの事実を確認することはできないことも、証拠上明らかなところである。)、被告人両名が同女を右ホテル内へ連れ込むまでの経緯、同ホテル内で被告人甲が同女を殴打するまでの被告人らの言動及び同女の行動等については、被告人両名の供述とAの証言(厳密には、公判調書中の供述部分。以下、公判廷における供述であるか、公判調書中の供述部分であるかにかかわらず、「A証言」「被告人甲の供述」などと略称する。)が顕著に対立しており、また、被告人両名は、必ずしも明確ではないものの、当日は、Aを強姦しようとする意思を最後まで有していなかったとの趣旨にもとれる供述をしている。

二 当裁判所は、被告人両名の供述とA証言を比較対照し、その余の証拠をも参酌して慎重に検討してみたが、結局、判示認定のとおり、ホテル内において、被告人甲により殴打されるまでの経緯に関する同女の証言には、他の証拠との対比上疑問の点が多く、これを信用することができないので、基本的に、被告人両名の供述に依拠して認定せざるを得ないが、右殴打以降の状況に関する同女の証言は、被告人両名の供述を前提としても不自然とはいえず、脅迫文言の時期・順序等の細部の点を除き、その信用性を否定し難いと考えるものである。そして、当裁判所としては、右の見解に基づき、「犯行に至る経緯」及び各「罪となるべき事実」を認定したものであるが、一方において、検察官は、右A証言及びBの検察官調書(以下「B検面」という。)に基づいて、被告人らは、Aをホテルに連れ込む以前に、判示居酒屋「庄や」において、既に強姦の共謀を遂げていたと主張するのに対し、弁護人らは、被害者Aは、終始被告人らとの性交を承諾(むしろ希望)していたのであり、被告人らは、同甲による殴打以降の段階においても、強姦の犯意を有していなかったと主張している(従って、被告人らについては、傷害及び脅迫罪が成立するだけであるとする。)。そして、弁護人らは、右のほかにも、①検察官が、居酒屋「庄や」店内における事前共謀の主張をしている本件においては、訴因変更手続か少なくともこれに準ずる手続を行って被告人らに防禦の機会を与えなければ、現場における共謀の事実を認定することができないとか、②被告人乙の不知の間に行った甲のテレホンカードの窃取については、同乙との共謀を認めることができないなど、多岐にわたる主張をしている。

三  そこで、以下、当裁判所の事実認定に関し、若干説明を補足し、併せて弁護人の右①②を含むその余の主張について、当裁判所の見解を示しておくこととする(なお、以下においては、被告人らを単に「甲」「乙」とも表示する。)。

第二  A及び被告人らの各供述の概要

一  A証言の要旨

まず、A証言の要旨は、以下のとおりである。

(1) 実父との間で男友達のことで喧嘩になり、実父から出て行けと言われ、バッグに荷物をつめて家出をしたが、行くあてもなく北浦和駅西口で時間を潰していたところ、たまたま通りかかった中学時代の先輩に教えられ、一人で居酒屋「庄や」に入った。暫くして同年代の男性(被告人ら)に声をかけられて同席することにし、家出してきたことなどを話した。かくするうち、甲から「ロイヤルホストに行こう。」と誘われ、これに同意して同店を出た。

(2) 甲が運転する軽四輪で跨線橋まで行き、同人がBを送るために同人の自宅まで行ったので、乙と二人で同人のソアラの車内で帰りを待った。この時、甲の軽四輪のところで三人が何か話をしているようだったので、「あの、私帰ります。」と言ったが、甲に引き止められ、結局、その場で引き続き待つことにした。また、乙が後部座席に入れた自分のバッグを取ろうとしたところ、同人に左手を取られ中に入れられそうになったので手を払ったが、直ぐに甲が帰ってきて背中を押され助手席に座らされた。その後、甲の車を先頭にして社会保険埼玉中央病院駐車場まで行った。

(3) 同所で甲がソアラの後部座席に乗り込み、新大宮バイパス付近を走行中、同人が「ホテルへ行こうよ。」と言い、これに対して自分は、「降ろして。」と拒絶し、ドアを開けようとしたが、開かず、甲から「おとなしくしてたら可愛がってやる。騒いだらセメント詰めだ。」と言われ、首を一回絞められた。

(4) ホテル「○○」の受付で乙がお金を支払う際も、怖くて助けを求めることはできなかった。部屋に入ったあと、甲からモーニングコールのセットを命じられたので自分が電話でフロントに頼んだが、目覚し時計を届けると言われ、時計は、乙が受け取った。

(5) その後、甲から風呂に入るように言われたが、裸になるのが嫌だったので時間を稼ごうと思い、自分のバッグから、バスタオル等を取り出したのち、脱衣室で全裸になり浴室に入った。内側から施錠して洗髪していると甲が入ってきたので、「入ってこないで。」と言ったが、「大きな声を出すな。」「言うことをきいたら可愛がってやる。」などと言って乳房などを触り、いわゆるペッティングをされた。

(6) 浴室から出ると、直ぐに甲に左手を引っ張られて寝室のベッドの上に押し倒され、ペッティングをされたのち、同人に陰茎を挿入されそうになったが、入らなかったので同人に平手で二、三回殴られ、自分も一回殴り返したところ、「なめんなよ。」と言われ、更に手拳で一回左顔面を殴られた。甲は、「獣みたいなのを呼んでくる。仲間なら幾らだっている。」と言った。その後、同人は再度挿入しようとしたが、挿入できず乙に交代した。しかし、乙も挿入できなかった。

(7) 私が逃げようとしたとき、甲が寝室に入ってきて、「二度と彼氏の前に出られないようにしてやる。」「根性焼きだ。」と言って、煙草の火を私の陰部に近づけた。その後、甲と交代し、同人がセックスしようとしたが、やはり挿入できず、同人に口淫させられ、次に乙と交代した際も、同人に口淫させられた。

(8) 午前六時三〇分ころ、ホテルを出て、北浦和公園のところで車から降ろされ、その後、母親に電話して病院で診察を受けた。

(9) 自分は、これまでに恋人と三回ラブホテルに行ってキスしたり体に触れ合ったことはあるが、性交の経験はなく、甲らに陰茎を挿入されそうになった時は、とても痛かった。何回も逃げようとしたが、その都度捕らえられた。

以上のとおりである。

二  被告人らの供述の要旨

これに対し、被告人らの供述の要旨は、概ね以下のとおりである(被告人両名に利害対立はなく、ほぼ一致しているので、以下、特に断らない限り一括して述べる。)。

(1) 居酒屋「庄や」店内でAと出会ったのち、甲は、乙とBに対し冗談半分で「やっちゃおうか。」と言ったところ、Bはこれを拒絶し、乙はふざけた感じで「いいですね。」と答えた。甲も乙も、セックスできたらいいなという程度の気持ちだった。

(2) 「ロイヤルホストに行こう。」などと嘘を言って「庄や」を出たあと、甲がBを送り届けに行っている間、乙がAに「車の中で待っていようよ。」と言うと、同女は最初は断わっていたが、乙が開けた助手席のドアから乗り込んだ。その後、社会保険埼玉中央病院駐車場でAに前屈みになってもらい、助手席側からソアラ後部座席に甲が乗り込み、Aがドアを閉めた。

(3) 新大宮バイパス付近を走行中、甲は、乙にホテルへ行くように指示し、Aに対し「ホテルへ行こう。」としつこく言うと、同女は最初嫌がっていたが、暫くしてうなづいた。甲が同女を脅迫したり、首を絞めたりしたことはない。

(4) ホテルに入り、Aがモーニングコールをフロントに頼んだが断られ、結局男の人が目覚まし時計を届けてくれることになり、Aがこれを受け取った(乙供述)。甲がAに「風呂に入れば。」というと、同女は、自分の荷物からタオルなどを取り出して、浴室に入った。その間、被告人両名は、同女のバッグを開け、財布を発見したので、甲が乙に「取れたらとっちゃえ。」と言った。

(5) その後、甲が浴室の中を見て、乙に「お前も見てこいよ。」と言ったので浴室を覗き、「一緒に入ってもいい。」と聞くと同女は洗髪しているところで、「いいよ。」と言った。しかし、甲が入浴したので乙は入らなかった(乙供述)。甲は、浴室内で同女とペッティングをしたが、同女は嫌がってはいなかった(甲供述)。

(6) 甲が先に浴室から出て、乙に「寝たふりしてろ。」と言い、寝室に入ってゆくと、Aがあとから寝室に入った。甲が「やろうよ。」と言うと、同女は「もうひとりの人。」と言って乙のことを気にしているようすだったので、「寝ているから大丈夫だよ。」と答えてペッティングをした。同女に「コンドームつけて。」と言われたが、「そんなのつけないでも大丈夫だよ。」と説き伏せた。挿入しようとすると、同女は足の付け根辺りに力を入れているみたいで挿入できなかったので、「何で力を入れてんの。」と甲が聞くと、「力入れてるつもりはないんだよね。」と言っていた。すると、同女から急に「もうやめようよ。」と言われ、「なんで、やろうよ。」などと言っているうちに陰茎が萎縮してしまった。その後同女から「小っちゃくなっちゃったんだからやめようよ。」と言われてからかわれているような気持ちになり、頭にきたので、同女の上に馬乗りになって、右手平手で同女の頬付近を二回殴ったが、逆に一回殴り返されたので、更に右手拳で一回左目付近を殴った。殴ったあとは同女は怯えるようになった。その後、再び挿入しようとしたが、成功せず諦めた(以上、甲供述)。

(7) 乙は、甲とAが寝室に入ったのち、甲との打合せに従い、Aの財布から一万円を盗んだ。寝室の中では二人が何か言い争っている様子だった。甲が寝室から出てきたので、乙が寝室に入ってみると、同女の左目付近が腫れていて、甲が殴ってしまいまずいなと思った。しかし、自分もセックスをしたかったのでしようとしたが、同女は「セックスするのは処女だから痛いから尺八にして。」「尺八なら彼氏にもしたことがあるから出来る。」と言っていたので口淫してもらった。その後、Aが「目が痛いから冷やさせて。」と言って寝室を出て行こうとしたので、同女の腕を捕まえて「逃げるなよ。」と言った。すると甲が寝室に入ってきた(以上、乙供述)。

(8) 甲が寝室に入ってみると、Aが嫌がっている様子だったので、甲は「早くやらせてやれよ。」「俺の仲間を呼ぶぞ。」「俺の仲間は獣みたいな連中だから。」などと言い、更に「根性焼きだ。」と言って煙草の火を同女の陰部に近づけた。同女は全く怯えてしまって「何でもするから。」と言っていた。そして、甲は乙と交代し、性交しようとしたが、前同様挿入できず、「処女じゃないんだろう。」と言うと、同女は、「やったことないの。」「入れるのだけはやめて。」と言い、このとき初めて同女が処女であることがわかり、口淫してもらうことにした。射精後、乙と交代した(以上、甲供述)。

(9) 乙は、甲と交代後性交を試みたが、Aが痛がり挿入できなかったので、口淫してもらい、射精した(乙供述)。

(10) 乙と交代した甲は、少し眠ったのち、乙がお金ととったかどうか確認した際、テレホンカードを見つけたので、これを盗んだ(甲供述)。その後、北浦和公園でAを車から降ろした。

以上のとおりである。

第三  A証言の信用性の検討

一  A証言の問題点(1)――その信用性評価にあたって念頭に置くべき一般的な問題点

1 A証言は、甲に誘われて車に乗ったところ、約束に反してラブホテル「○○」に連れ込まれたこと、右車内及びホテル内で甲に激しい暴行・脅迫を受けたこと、ホテル内では、何とかして被害を免れようとして必死の抵抗をしたが、被告人両名から交互に性交を挑まれ、いずれも姦淫こそ免れたが、口淫には応じざるを得なかったこと、一連の暴行により、ひどい怪我をしたことなどを、詳細かつ具体的に描写するものであり、特に、ホテル内で被告人甲に殴打されたあとの状況に関する部分は、生生しく迫真力があり、受傷の結果に関する診断書等客観的証拠にも支えられているほか、被告人らの供述とも基本的に抵触していないところからみて、その信用性を肯定してよいと考えられる(弁護人らの弁論の主眼も、ホテルでの殴打に至るまでの状況に関するA証言の弾劾にあると認められ、右殴打以降の状況に関する同証言については、それ程重大な問題点の指摘はない。)。

2 そして、右のとおり、信用性が高いと認められるA証言等によれば、同女が、被告人甲の性交の求めに対し、少なくとも最終的には拒絶の意思を明確に表明し、これに対し、同被告人が、かなり激しい暴行・脅迫に及び、執拗に性交を遂げようとしたこと等が明らかであるところ、このことからすると、「被告人らに対し予め性交を承諾したことはなく、車内において暴行・脅迫を受けたため、やむなくホテルに同行したにすぎない。」とする同女の証言にも、一見、かなりの説得力があるように考えられる。のみならず、同女が性交体験の全くない当時一九歳の女子大生であることからすれば、同女が、そもそも、初対面の複数の男性と、性交を前提としてホテルへの同行を承諾するなどということは、事実上想定し難いという見解もあり得るところと思われる(検察官の主張は、そのような主張に近い。)。このような見解を前提とする限り、被告人甲の殴打に至るまでの状況に関するAと被告人らの各供述の矛盾点については、基本的にA証言をこそ信用すべきであるということになろう。

3 しかし、この点に関する被告人両名の供述は、取調べの当初から、相互によく符合し、中でも、逮捕当日における両名の供述は、のちの公判廷におけるそれとほぼ一致していること、特に、被告人甲は、その後、供述の任意性を一部否定せざるを得ない程の厳しい取調べを受けたにもかかわらず、少なくとも客観的行動・言動については、基本的に公判廷における供述と同旨の供述を貫いており、接見に来た弁護人に対しても、同旨の訴えをしていたことなどに照らすと、被告人らの供述にも、一概には否定し難い信用性があるようにも感ぜられ、これが被害者の供述と抵触しているというだけで、被告人らが、罪を免れたい(あるいは、刑責の軽減を図りたい)との一心から、通謀の上虚偽の供述をしていると断ずるのも躊躇される。

4  そこで、見方を変えて、逆に、Aが被告人らとの性交を前提にホテルへの同行を承諾していたという想定が、そもそも事実上あり得ないような不合理なものであるかどうかについて、最初に検討してみよう。右のような想定が、社会一般の女性の常識からは、かなりかけ離れたものであることは、これを否定し難いであろう。しかし、性開放の風潮の進んだ現代社会においては、女性が、複数の男性との性的交渉を前提としてホテルへの同行を承諾することはあり得ないとか、初対面の男性との性交を承諾することはあり得ないなどという常識は、必ずしも一般化し難いものとなっている。このような、従来の常識では必ずしも測り難い行動をとる女性が現に存在することは、いわゆるナンパの経験の豊富な被告人甲が公判廷で明言するだけでなく、我我の日常の事件処理を通じても、時に経験するところである。

5  最大の問題は、本件における被害者Aが、当時一八歳の女子大生で、しかも処女であったということであろう。女性一般、あるいは性交経験のある女性であればともかく、本件における被害者Aのような女性が、性交を前提として、初対面のしかも複数の男性に対しホテルへの同行を承諾するというようなことは、確かに通常の事態のもとでは、考え難いことというべきである。しかし、本件においては、次のようないささか特異な事情の存したことが、A証言及びその実母Cの証言により明らかにされている。すなわち、右各証言によれば、Aは、高校受験に失敗したことから、大学受験は失敗したくないという気持ちを強く抱き、高校時代は友人とも遊ばず、ひたすら大学入試を目指し、平成元年一二月に文教大学に推薦入学が決まったが、その後勤めたアルバイト先(ビデオショップ)の店長Dと交際するようになり、同人と三回位ラブホテルへ行き、ペッティングをしたことがあること、厳格な実父Eは、Aの右Dとの交際に反対していたが、Aは、これを無視して、同人との交際を続け、平成二年五月一四日に、同人と相模湖へ旅行したため、同日夜、実父と口論となり、興奮した実父から「出て行け。」などと怒鳴られたことに反発し、当面必要な身の回りの物と現金一万二〇〇〇円をボストンバッグ、ショルダーバッグ及びリュックッサックに詰め込んだ上、同日午後一一時三〇分すぎころ、当分の間戻らないつもりで家を出たこと、その後、同女は、恋人のDに連絡を取ることもなく、北浦和駅付近のベンチに座っていたが、そのうちに、中学校時代のテニス部の先輩に会い、同人に相談した結果、始発電車が通る午前四時ころまで時間を潰す場所として、居酒屋「庄や」外一軒を教えられ、二四時間営業のファミリーレストラン(「ロイヤルホスト」)が近くにあることを知っていたにもかかわらず、翌一五日午前一時三〇分ころ、一人で右「庄や」店内に入ったことなどの事実が明らかである。

6  これによると、当時Aは、実父との口論により相当興奮した心理状態にあり、同人に対する反発心から思い切って家出をしたものの、所持金も乏しく行くあてもないところから、かなり心細く、沈んだ心境になっていたものと認められる(この点は、A自身、公判廷で認めている。)。そして、弁護人が指摘するとおり、同女が、このような場合最も頼りにする筈のDと連絡すら取っていないことからすると、あるいは、弁護人が主張するように、当日の相模湖旅行において、AとDとの間に、何か気まずい問題が生じていたということも、考えられないことではなく、これに実父に対する反発心が加われば、同女が自暴自棄的な心境になっていたということは、必ずしも突飛な想定ではない。そして、もし、同女がこのような心境にあったとすれば、当夜「庄や」店内で初めて出会った被告人らの誘いに乗って席を移し、相当時間とともに歓談した同女の行動は、これを合理的に理解し得るというべきである。しかも、被告人らは、口から出まかせながら、積極的に中学校時代の話をするなどして会話を盛り上げ、同女を会話に引き込んだものであり、その結果、同女も、それまでの沈んだ気分から、一転して楽しい時間を過ごし、初対面であるにもかかわらず、自己が実父と口論して家出してきたことを打ち明けるまでの打ち解けた雰囲気になっていた。そして、同女は、被告人らのうち、特に甲については、いわゆる「醤油顔」(きりりと引き締まったいい顔の青年の意)という印象を持ったとして、同人に好意を抱いたことを暗に認める趣旨の供述すらしているのである。従って、A証言の信用性の判断にあたっては、右に指摘したような本件の特異な事情を前提に検討する必要があるのであり、前記4、5指摘の固定観念に促われる余り、証言の疑問点を軽視するようなことがあってはならないというべきである。

7  次に、Aが、本件被害を警察に申告した経緯も、同女の証言の信用性の評価にあたり、注目せざるを得ない。すなわち、A証言、C証言、丹治英明証言および同人作成の診断書等によると、Aは、本件被害後、直ちに警察に被害を申告したわけではなく、一五日早朝連絡を取った実母と会って、顔の腫れを見咎められ、直ちに社会保険埼玉中央病院に行って診察を受けたが、当日は、診断書の交付を受けていないこと、最初に本件被害を警察へ申告したのは実父のEで、被害の翌日(一六日)の夜のことであり、一七日には、実母Cに付き添われてAが警察へ出頭し、同人は、その翌日(一八日)、病院から診断書の交付を受けた上、正式に告訴の手続をしたことが認められる。ところで、強姦の被害者が、恥かしさその他の理由により被害の申告を直ちにしないことは、決して珍しいことではないけれども、自己の側に何らの落ち度がないのに理不尽な被害に遭った被害者(特に、姦淫の点が未遂に終わった被害者)には、直ちに警察又は第三者に自ら被害を申告して出る一般的な傾向がみられることからすると、Aが最終的に姦淫を免れていたにもかかわらず、被害直後に警察へ被害を申告せず、むしろ、翌日実父が被害申告をしたのちに、ようやく実母に付き添われて警察へ出頭したというのは、いささか特異な経緯といわなければならず、右の点については、あるいは、同女の側に、ホテルへの同行を承諾してしまった等の重大な落ち度があったからではないかとの推測も成り立つ余地がないとはいえない。他方、Aとしては、厳格な実父と口論の末、家出をしたその夜に、複数の初対面の男性とホテルへ行き、性交寸前の状態に至った上、右男性に殴打されて怪我をさせられたわけであるから、実父に問い詰められた際には、たとえホテルへの同行を承諾していたのが真相であったとしても、そのことを率直に述べ難い立場にあり、当然、落ち度なくしてホテルへ連れ込まれた旨自己の立場の合理化・正当化を図ることが考えられる。そして、このような同女の話を聞いた実父が被害を警察へ申告したのちにおいては、同女による前言の撤回・変更はいっそう困難になったと考えられるし、また、同女が被害に遭ってから正式な告訴手続をして供述調書を作成されるまでに経過した三日間は、同女にとって、自己の立場を合理化した物語を構成するのに十分な時間であったということもできるであろう。

8 更に、Aは、証言前に行われた検察官との打合せの際に、かなり詳細なメモ(レポート用紙四枚の文章体のものと、メモ帳四ページ分の箇条書きのもの)を作成し、証言にあたっては、右メモを読んで記憶喚起を図ったことを認めているが、検察官との打合せや証言にあたっての右のような作業を通じても、意識的・無意識的な「合理化」の危険があると考えられる。従って、A証言の信用性の検討にあたっては、右証言と捜査段階における供述の対比作業も重要であり、捜査段階(特に、捜査の初期の段階)で述べられていなかった事項がその後の供述に出現したときは、それが、右に指摘したような「合理化」によるものではないかどうかについて慎重な検討が必要になるというべきである。

二  A証言の問題点(2)――その信用性の具体的検討

1 そこで、右のような問題点を意識した上で、A証言の内容を改めて検討してみると、右証言中甲に殴打されるまでの部分については、その信用性を疑わせる幾多の疑問点を容易に指摘することができる。

2 当裁判所が疑問とするA証言の具体的問題点は、概ね、弁護人が弁論要旨第二章において詳細に指摘しているところと同一であるので、その詳細はこれに譲ることとし、以下、当裁判所が最も重要と考える疑問点のいくつかを概括的に指摘するに止めることとする。

3  最大の疑問は、Aが、車内で首を絞められたり脅迫されたりして、被告人両名に無理矢理ラブホテルの一室へ連れ込まれたとしながら、右室内において、甲から入浴を求められるや、室内では格別暴行・脅迫を受けていないのに、自分のバッグからタオルやシャンプーを持ち出して、鍵のかからない脱衣場で全裸になり、浴室へ入って洗髪までしている点である。右のような行動は、車内で暴行・脅迫されてホテルへ連れ込まれ、貞操の危機に瀕している女性の行動として、いかにも不自然なものであることは、明らかであると思われる。もっとも、同女は、右のような自己の行動を、「時間を稼ごうとしたから」とか、「浴室の鍵はかけたと思う。」などとして合理化しようとするのであるが、もし、本当に同女が甲らとの性交を拒否するつもりであり、しかも、浴室に内側から鍵がかかることを知っていたのであれば、何も全裸になってまで浴室に入る必要はなく、着衣のまま浴室内に入って施錠の上、中に閉じ込もるということを第一に考えておかしくないと思われ、「時間稼ぎ」の方法としては、それが最も適切であることは、何人にも容易に理解し得るところであるから、この点に関する同女の説明は合理性を欠くといわざるを得ない。

4  しかも、証拠によると、「入浴にあたり、内側から浴室の鍵をかけた。」という同女の証言は極めて疑わしいといわなければならない。なぜなら、同女が全裸で入浴中に被告人甲が浴室の扉を開けて、やはり全裸で浴室内に入ってきてしまったことは、右両名の供述の一致するところであるが、もし、同女が浴室の鍵を内側からかけて入浴したのであるとすれば、同被告人は、何らかの方法で施錠を外して入室したことになる。ところで、司法警察員作成の「猥褻拐取・監禁・強姦致傷・強盗被疑事件の現場ホテル○○の浴室の施錠について」と題する書面に畑中悟の証言(第五回公判)を併せると、右浴室の施錠(ラッチ錠)は、非常開装置に百円硬貨を差し込んで回すと、外部からでも施錠を開放することが可能であることが認められるが、右非常開装置は渋い感じであったとされている。そして、非常開装置の右のような特殊な用法について被告人甲が予備知識を有していたとの証拠はなく、もとより、同被告人が、右の方法で非常開装置を開放したことを示す証拠は存在しない。のみならず、Aは、捜査段階においては、浴室に施錠したとは一度も供述していなかったのであって(同女は、その理由について「甲が入ってきてしまったので、自信がなかったから言い出せなかった。」と説明するが、もし、同女が言うとおり、内側から鍵をかけたつもりの浴室へ、甲が突然勝手に入ってきてしまったというのが事実であれば、このような予想外の事態に直面した同女としては、なぜ甲の浴室への侵入が可能であったのかについて、強い疑問を抱くのが当然であり、右疑問を捜査官にぶつけて然るべきであると思われる。)、浴室の施錠に関するA証言は、さきに指摘した合理化・正当化の危険の具体化の一例と認めるのが相当である。従って、同女は、当時、浴室に施錠することなく、全裸で入浴し、洗髪までしていたということにならざるを得ない。

5  次に、ホテルに入る際及びその後においても、Aには、第三者(ホテル「○○」の経営者で、当時フロント係をしていた関根登)に救助を求め得る機会があったと思われるのに、何らそのような行動に出ていない点も疑問である。もっとも、Aは、関根に救助を求めなかった理由を、「フロントが暗かったんです、その時。出て来たのもおじいさんだって分かっていたから、とぼけてたりして失敗したらどうしようという気持ちがありました。本当に恐くて呼べなかったんです。」などと説明する。確かに、車内において甲らに激しい暴行・脅迫を受けたという同女の証言を前提とすれば、右証言も全く理解できないではないが、関根は、まだ五〇代前半の男性で、同女が言うような老人ではないし、いかに恐怖におののいていたとはいえ、一九歳の処女である同女が、自己の意に反してラブホテル内に連れ込まれそうになったというのに、たまたま身辺近くに現れたフロント係の男性に、救助を求める素振りを全く示さなかったというのは、やはり不自然というほかない。しかも、Aが、関根に救助を求め得る機会は、当初、車で受付(フロント)を通過した際だけではなかったのである。証拠によると、被告人ら三名は、フロントから出てきて車の外に立った関根に対し、運転席の乙が料金を払ったあと、突き当たりの一五号室の一階ガレージに車を入れ、肩を組んだ乙・Aの両名と甲とに別れて、それぞれ二階へ上ったと認められるが、関根のいる受付と右一五号室とは、せいぜい一〇メートル余りの距離で極めて近いこと、室内に入ったあと、Aは、甲に求められて、フロントへ翌朝六時半のモーニングコールを依頼したが、関根に断られ、代わりに、同人は、目覚し時計を右一五号室に届けたことなどが明らかである。そして、乙は、右時計を関根から受け取ったのはAであった旨供述しているところ、関根証言によると、その際、同人が目覚し時計を手渡したのは「若い女性」であったとされているから、同人が時計を渡した相手がAであったことも、乙が供述するとおり、まず間違いのないところと考えられる(もっとも、Aは、「誰が時計を持ってきたのかわからない。その時、自分は、居間の真ん中にいた。」旨証言し、検察官は、関根証言は、必ずしも正確な記憶に基づくものではないとして関根証言の信用性を争うが、本件の数日後に警察から事情を聞かれた関根が、既にその当時から、必ずしも明確な記憶ではないとしながらも、当日若い女の子に時計を届けた旨の供述をしており、逆に、男性に時計を渡したという記憶を有していなかったことは、重要であると思われる。)。このようにみてくると、Aは、ホテルへ入る際及び一五号室に入ったのちにおいて、屈強の男性である関根と身辺近くに接触する機会があったのに、救助を求める態度・言動に出たことが全くなかったと認められるのであって、右は、意に反して男性二人にホテルへ連れ込まれ、まさに貞操の危機に瀕していたという若い女性の態度としては、にわかに理解し難いものと思われるし、他方、「職業柄、犯罪に結び付くようなことに対しては、常々、警察からも連絡がありますから、……凄く気を使っている」という関根が(記録二四五丁裏)、事態の異常に全く気付いていないということも、無理矢理ホテルに連れ込まれたとするA証言の信用性を疑わせる事由といわなければならない。

6  また、浴室からベッドへ連れて行かれた状況に関するA証言は、明らかに不自然・不合理であるといわなければならない。すなわち、同女は、浴槽の中から甲に手を持たれ、全裸で雫が落ちるようなビショビショの体のまま、ベッドへ引っ張って行かれ、その際同人も同じ状態だったと言うのであるが、既に、Aをラブホテルの一室に連れ込むことに成功し、同女と一緒に入浴までしていた甲としては、濡れ鼠の状態のまま同女をベッドへ連行するまでの必要はなかった筈であり、また、そのようなことをすれば、ベッドが濡れてしまって、その後の情事の遂行にあたり不愉快な思いをすることが明らかであったと思われる。従って、いわゆるナンパの経験の豊富な甲が右のような強引な方法でAをベッドに連行したというのは、(当時、甲の性欲が高まっていたであろうことを考慮に容れても、)、やはり不自然・不合理であると考えられる。また、右のような行為の結果、ベッドが濡れてしまって、不愉快な思いをしたとの事実は、関係者三名が誰も供述しておらず、また、ホテルの従業員もこの点に気付いていないのであり、右A証言は、この点でも、他の証拠の裏付けを欠くというべきである。

7 更に、車内において、甲に首を絞められたというA証言には、捜査段階以来変遷がある点も注目されなければならない。すなわち、右首絞めに関する同女の供述は、告訴状には全く記載がなく、平成二年五月一八日付け司法警察員に対する供述調書(以下、「5.18員面」と略称し、他の供述調書も右の例による。なお、「検面」は、検察官に対する供述調書の意である。)に初めて現れるが、それは、「後ろから右腕を回して首を絞めた」というものであった。ところが、右首絞めの態様につき、同女は、7.2検面では、「両腕を私の両肩口のところに出してきて、肩から首の辺りを後ろから抱くような感じで絞めた。」と供述するに至り、公判廷では、当初、5.18員面と同旨の供述をしたものの、弁護人から検面との矛盾を指摘されると、「検面の方が正しい。」と訂正し、更に、員面の内容が検面と異なることを指摘されると、「警察のが一番正しいと思う。」旨供述したが、告訴状に首を絞められた事実の記載がない点については、合理的な説明ができなかった。

車内で甲から首を絞められたという同女の証言が真実であるならば、それは、同女にとって極めて衝撃的な事実であった筈であるから、右は、告訴にあたっては、真先に申告されて然るべき事実であると思われるし、また、その態様が、その後、供述の機会を異にするごとに右のように変転するのも、いささか理解し難いことである。従って、この点に関するAの供述の経過・変遷は、その供述の信用性を疑わせる一事由であるといわなければならない。

8 最後に、弁護人は詳しく反論していないが、A証言中、車内で甲から、「騒いだらセメント詰めだ。」と言って脅迫されたとの部分の信用性について検討する。検察官は、A証言に現れた右脅迫文言は、極めて特異なものであって、このような文言を同女が勝手に作り出して偽証しているとは考えられないとし、また、甲も、以前友達同士で、「セメント詰め」という言葉を言い合ったことがある旨認めていることからみても、この点に関するA証言の信用性は高いと主張している。しかし、本件当時、東京地方裁判所に係属中であったいわゆるコンクリート詰め殺人事件(一六歳から一八歳の少年四名が、女子高生を長期間監禁した上殺害し、コンクリート詰めにして投棄した事件)が大詰めを迎えており、右事件が新聞・テレビ等で大きく報道されていたことは、当裁判所に顕著な事実であるが、右事件は、特異で衝撃的な少年犯罪として、若者の関心を強く惹いたことは想像に難くないから、もしAがその気になれば、実際には甲らからそのような文言を言われていなくても、自己が同人らに著しく畏怖させられたことを強調するため、右特異な事件と結びつけて、事実に反する前記のような供述をすることは可能であったと認められる(また、同女が、警察に被害を申告するまでに、右のような物語を構成するに足りる時間的余裕が存したと認められることも、前述のとおりである。)。従って、ホテルで殴打されるまでの状況に関するA証言の核心部分に、前記のとおり、その信用性を疑わせる多くの事情がある以上、一見その信用性を強く保証されているかにみえる右脅迫文言に関する部分も、その文言の特異性等の故に直ちに高度の信用性を有するということにはならないというべきである。

三  補説

1 以上のとおり、当裁判所は、A証言中、ホテルで甲に殴打された以降の状況に関する部分は、基本的にこれを信用し得るが、それ以前の経過に関する部分については、その信用性を疑わせる事情が余りにも多く、被告人らの供述と抵触する限度では、これを信用し得ないと考えるものである。

2  もっとも、Aが、ホテルのベッド上で一旦甲との性交を受け容れる姿勢をとったあとの最終段階において、同人に顔面を強く殴打されながらも、強い性交拒否の態度を示すくらいであれば、何故に、当初からホテルへの同行を拒絶しなかったのかという疑問は残る。そして、右の疑問を重視すると、同女は、もともとホテルへの同行を本心からは承諾しておらず、被告人らに暴行・脅迫されてやむなく同行したにすぎないのではないかという見方が成立し得ないではない。このことは、さきに一言したとおりである。しかし、人間の心理、特に、本件のような経緯で若い男性の車に乗り込んでしまった女性の心理には、複雑・微妙なものがあり得ると思われるのであって、例えば、実父に対する反発心等から、自暴自棄的な心境になっていた同女が、居酒屋で知り合った好感の持てる若い男性(特に甲)との会話で心が弾み、ホテルへの同行を求める同人らの誘いを当初は嫌がったものの(この点は、甲も認めている。)、結局右誘いに応じてしまい、ホテル内で、現実にそのうちの一人と性交に及ぼうとしたが、初体験のため両下肢から力が抜けず、激しい痛みを感ずるうち、にわかに後悔の念に駆られて性交拒絶の挙に出るというような事態も、十分あり得ることと考えられる。従って、同女が、当初、ホテルへの同行を嫌がっていたこととか、最終的に、強い性交拒絶の意思を表明したことを重視する余り、甲に殴打されるまでの状況に関するA証言の疑問点に目を塞ぐことは、やはり正しい採証の態度ではないというべきである。

3  また、A証言を右のように二分し、その後半部分の信用性を肯定しながら、その前半部分の信用性を否定することは、いささか異例の事態というべきであるが、もし、同女が、自らの軽率な行動によりホテル内で危うく貞操を侵されそうになったのが事実であるとすれば、最終場面において犯人に殴打されても断固性交を拒絶したという点を強調するに止まらず、そもそもホテルへの同行自体を拒絶したのに、暴行・脅迫されてやむなく連れ込まれたのである旨事実と異なる弁解をして、自己の立場の合理化・正当化を図りたいと考えることは、むしろ当然の心理というべきであるから(このような合理化・正当化は、厳格な実父に対する関係では、特にその必要性が強かったとも考えられる。)、本件のような事案においては、信用性の判断上、被害者の証言を二分して考察することは、決して不合理なことではない。

第四  強姦の犯意の有無(発生時期)、共謀の成否等

一  前提問題――客観的事実関係

1 前章において検討したところによると、本件の客観的事実関係の概略は、次のとおりであるということになる。すなわち、(1)被告人らは、居酒屋「庄や」店内で初めて知り合ったAに対し、「ロイヤルホストに行こう。」などと嘘を行って車に乗り込ませた上、車内でしつこくホテルへの同行を求めたところ、当初嫌がっていた同女も結局これに応じたので、フロントで手続を済ませ、ガレージで下車した上、三人とも、ラブホテル「○○」の二階の一室に入ったが、その間、被告人らが同女に暴行を加えたり、脅迫文言を申し向けたことはない。(2)ホテル「○○」内において、Aは、甲のため、フロントに翌朝のモーニングコールを依頼したものの、断られ、間もなく経営者関根がその代わりに持参した目覚まし時計を同人から受け取ったが、その間、同人に救助を求める素振りを全く示していない。(3)その後、同女は、甲に求められ、全裸になって入浴し、洗髪したりしていたが、浴室に施錠もしなかった。(4)間もなく、やはり全裸になって浴室に入った甲は、浴室内で同女の乳房に触るなどのペッティングをしたが、その後、先に出てベッド上で待っているうち、同女もベッドに来たため、ペッティングののち、正常位の体位で性交を遂げようとした。(5)甲は、それまでのAの言動から、同女は当然性交の経験があり、自分に対しても性交を承諾しているものと考えていたが、初体験のため緊張した同女が身を固くするため、容易に陰茎の挿入ができないでいるうち、痛みに耐え兼ねた同女から、「もうやめようよ。」などと言われたにもかかわらず、同女の頬付近を平手で二回殴打したところ、同女に逆に一回殴り返されたため、同女の左目付近を右手拳で一回強く殴打した。(6)その後、甲は、右殴打によって明らかに畏怖している同女の陰部に自己の陰茎を挿入しようとしたが、成功せず、隣室にいた乙と交代した。(7)その後、被告人両名は、判示のような甲による脅迫行為ののち、更に、甲、乙の順序で繰り返し同女の陰部に陰茎を挿入しようとしたが、結局成功せず、いずれも口淫させて射精した。以上のとおりである。

2  これによると、被害者Aは、被告人らに暴行・脅迫を受けたわけではないのに、被告人らとの性交を前提にホテルに入り、現実にも性交に応ずる態度を示していたが、最終的にはこれを拒絶する意思を表明し、特に、甲に平手で殴打されたのちは、右の態度を強く表明するに至ったこと、しかし、被告人らは、それにもかかわらず、なおも執拗に同女に性交を求めたことが明らかである。そして、甲が同女に加えた有形力及び申し向けた脅迫文言が、客観的にみて強姦罪の実行行為の程度に達していたことも、争いのないところである。

二  事前の犯意の存否及び事前共謀の成否

1 検察官は、被告人両名は、居酒屋「庄や」店内において、既にAを強姦しようとの犯意を有しており、その旨の共謀を遂げていた旨主張している。そして、検察官は、右主張の根拠を、①同店内で甲が乙に「やっちゃおうか。」と話しかけ、乙が「いいですね。」と応答したこと自体は、甲も認めるところであり、右のような会話は、両名がまさに強姦の犯意を有していたことを推認させるものであること、②当時同席していたBは、甲の右誘いかけに対し、本気で「僕はいいです。」と答えてこれに応じなかったこと、③甲らは、本当は、ホテルに行くつもりであったのに、ロイヤルホストへ行こうなどと嘘を行ってその後、嫌がる同女を脅迫してホテルに連れ込んだことの三点に求めており、また、④当裁判所が刑訴法三二一条一項二号後段の書面として取り調べたB検面第一二項及び第一四項並びに同法三二二条の書面として取り調べた甲の6.15員面には、右検察官の主張に副う記載がある。

2  そこで、検討するのに、確かに、甲自身が認めている「やっちゃおうか。」などという言葉は、女性を強姦しようという意味に使われることが多いとは認められるが、それ以外の意味、例えば、ある程度強引にではあっても、暴行・脅迫にまでは達しない方法で女性に肉体関係を迫る、いわゆるナンパをしようとの意味に用いられることもないとはいえないと思われるのであり、現に、甲は、当公判廷において、「当時はできればセックスできればいいなあという気持ちは持っていたが、無理矢理するつもりはなく、右言辞は、『冗談ぽく』言ったものにすぎない。」旨、これと同旨にとれる供述をしている。そして、右言辞が発せられたのが、居酒屋で気の合う仲間と相当程度飲酒をし、その後Aを交えて、会話が楽しく盛り上がった際であったことを考慮すると(当時の右のような雰囲気については被告人両名、B及びAの各供述ないし証言が一致している。)、同女が、家出をしてきて行くあてのない女性であることを知った甲において、うまく口説けば合意の上で同女と性交できるのではないかという希望ないし期待を抱くということはあり得ることと考えられ、前記のような意味で右言辞を発したとする甲の弁解は、必ずしも著しく不合理であるとはいえない。

3 次に、居酒屋「庄や」で甲から右の話を持ちかけられながら、これに同調せず帰宅したBの検面には、「この子とセックスをするということは無理矢理セックスをしてしまうことになり、ヤバイことになるのではないかと思った。」(第一二項)という記載がある。そして、甲から話を持ちかけられたBが、甲の話を右のように受け取ったのが事実であるとすると、逆に、甲自身も、右Bが受け取ったような意味で右言辞を発したのではないかという推測が不可能ではなく、その意味で、右B検面は、甲の強姦の事前の犯意を推認させる一つの情況証拠であるということになろう。しかし、かりにそうであったとしても、これはあくまで甲から誘いを受けた側であるBの内心の動きに関するものであって、甲の心理を直接窺わせるものではないから、その証拠価値には自ずから限界があるというべきである。のみならず、同検面より二週間前に作成された同人の員面(これは、右検面を取り調べたのち、弁護人から刑訴法三二八条所定の書面として申請されたものである。)には、右検面の記載に相応する記載が存在しないこと、右検面には、Bが前記のように認識した根拠として「三人を相手にセックスを承知する女の子はいない」という理由が記載されているが、これは同人の取調べにあたった検察官の意識に合致するものであること(片岡証言、記録六五三丁)などからすると、B検面中の前記供述自体が、検察官の右のような意識(予断)に基づく誘導により導き出されたものであるとの疑いすらあるというべきであり、その証拠価値は、必ずしも高いとはいえないと思われる。

4 もっとも、甲の誘いを受けたBが、これに同調せず、先に帰宅してしまったことは事実であるから、B検面中の前記記載は、同人の右行動によって信用性が保証されているとも考えられるが、かりにBが甲の前記誘いを受けて、同人がAを強姦しようとしているとまでは考えず、単なるナンパ程度のつもりであると考えたとしても、当時恋人がいたというBとしては、右の話にそれ程乗り気になれず、むしろ、後刻ひょっとして面倒なことに巻き込まれることがあっては困るという程度の気持ちから、誘いを断って先に帰るということも十分あり得るところであるから、Bの右行動も、その検面中の前記記載の信用性を強く保証するとまではいえないというべきである(なお、当裁判所は、第一五回公判期日における証拠決定において、B検面中の前記部分に特信情況ありと認めたが、特信情況が肯定された検面についても、他の証拠との対比等の方法により詳細に検討した結果、その記載内容の信用性に疑問を生ずることのあり得ることは、右決定の中でも指摘しておいたとおりである。)。

5  更に、当裁判所が、辛うじて任意性を肯定し、第一五回公判期日において取り調べた前記甲の6.15員面中、事前の犯意ないし共謀を認める趣旨の部分の信用性について検討すると、右取調べの当日においては、肥田野刑事の取調べも、未だ著しく厳しいものではなかったと認められるので、この段階において、甲が既に強姦の事前の犯意ないし共謀を認める趣旨の供述をしていたことは、採証上軽視し難い点ではあろう。しかし、甲は、逮捕当初から、自分のした客観的行動・言動(ただし、当初隠していたテレホンカードの窃取の点を除く。)については、素直にこれを認める態度に出ていたものであって、それであるからこそ、Bが「記憶していない。」と供述した「やっちゃおうか。」という誘いかけについても、これを素直に認める供述をしていたものと解されるが、右の言葉は、捜査官をして、甲の事前の犯意を確信させるのに十分なものであったと認められる。従って、甲が、Bや乙に、右のような言葉で誘いかけた事実を認めたのちにおいては、甲がどのように陳弁しても、これが、Aを強姦することの誘いかけを意味するものではない旨捜査官の理解を得ることは、事実上不可能であったと考えられるのであり、右言葉の意味について捜査官に説明を求められた甲が、それは強姦を意味するものではない旨主張しても、容易に取り合ってもらえなかったであろうことも、容易に推察されるところである。そうすると、「やっちゃおうか。」という誘いかけの意味に関連して、強姦の事前の犯意を認めている甲の6.15員面の記載は、必ずしも甲の意図を正確に表現したものではない可能性があるというべきである(なお、甲の6.15員面中強姦の事前の犯意を認める趣旨の供述が、必ずしも同人の真意に副うものではなかったことは、その後に作成された6.22員面や6.29員面に、これを正面から認める趣旨の記載が見当たらないことからも、ある程度これを窺うことができる。)。

6  このようにみてくると、強姦の事前の犯意の存否や共謀の成否について、B検面や甲員面の各記載を重視するのは相当でないというべきであり、右の点は、甲らのその後の行動からみて、「やっちゃおうか。」との誘いかけが、真実Aを強姦することを意味していたとみ得るか否かにより決するのが相当であろう。そして、そのような観点から甲らのその後の行動をみてみると、同人らが、当初からホテルへ行くつもりであるのにこれを秘し、「ロイヤルホストへ行こう。」などと嘘を言って同女を車へ誘い込んだ点は問題であるとしても(もっとも、右の言辞が、それ自体から、甲らの強姦の事前の犯意を強く推認させるものでないことも、明らかであろう。)、甲らは、前記のとおり、同女を車に乗せて脱出不能な状態にしたのちにおいても、車内で同女を姦淫しようとしたりしたことはなく、あくまでも、同女を説得してホテルへの同行を承諾させたと認められるのである。そして、屈強な若者である甲らが、二人も揃って若い女子大生を車に乗せることに成功した場合、もし、当初から同女を強姦するつもりであったのであれば、途中発覚の危険の大きいホテルへ連れ込むより、付近に人家のない農道や空き地に停車させた車内において強姦の挙に出るのが通常であろうと思われるから、甲らが、現実に、車内での強姦の手段を選ぶことなく、説得の上同女をホテルへ連れ込むという手段を選んでいること(そしてまた、甲らには、当初から、ホテルへ連れ込む以外の方法は、念頭になかったと認められること)は、強姦の犯意の認定上かなりの障害になるというべきである。

7  以上、詳細に検討したとおり、甲らが、当初からAを強姦するつもりでその旨の共謀を遂げていたという検察官の主張については(右主張に副う証拠や情況証拠に軽視し難いものがあることは否定できないにしても)、証拠上なお合理的な疑いを容れる余地があると考えられるのであり、強姦の事前の犯意及び事前の共謀は、これを認定することができない。

三  現場共謀の成否

1 ところで、弁護人らは、ホテルのベッド上で、甲がAに対し、かなり強烈な暴行を加え、右暴行に脅えている同女にその後も性交を迫ったこと、その後、甲と交代した乙も、引き続き、右のような同女に対し更に性交を迫り、これに応じない同女に対し、甲が、「早くやらせてやれよ。」「仲間を呼ぶぞ。」「俺の仲間は獣みたいな連中だから。」「根性焼きだ。」などと言って、同女の性器に煙草の火を近付けたことなどを全て認めながら、①Aは、被告人両名との性交を事前に承諾していたものであり、②最後の場面で、同女が性交を拒否するに至っていたとしても、被告人らにはその真意を知る機会がなく、承諾ありと誤信していたものであり、③甲のAに対する暴行は、事前に性交を承諾しておきながら、最後の場面で、身を固くして陰茎の挿入を許さず、その挙げ句自己をばかにするような言動に出たAに対する怒りによるものであり、姦淫の手段としての意味を有さず、また、④脅迫も、同様の怒りの表現によるもので、むしろ、同女を畏怖させること自体に目的があったなどと主張し、被告人らの強姦の犯意を否定している。

2  しかし、Aが甲らとの性交を前提としてラブホテルへ入り、ベッド上においても、当初は性交を承諾する態度を示していたことは、前記一指摘のとおりであるが、その後、同女が、一転して性交拒否の態度を示すに至ったことも、否定し難い事実というべきである。従って、同女が最後まで性交を承諾していたとの弁護人の主張(和姦の主張)は、到底これを採用することができない。

3 次に、甲が同女に性交を求めた際、又は、乙が性交を遂げようとしていた際に、同女に加えた暴行・脅迫の目的について検討する。弁護人も言うとおり、甲のAに対する暴行は、それまで性交を承諾していた同女が、予期に反して身を固くして陰茎の挿入を許さないのみならず、「もうやめようよ。」などと言い出したことに端を発して加えられたものである。右のように、当然性交を承諾していると考えていた相手の女性に、いよいよ最後の場面になって、身を固くして容易にこれを許してもらえないだけでなく、「もうやめようよ。」などと言い出されたとすれば、若く血気盛んな男性である甲が、右言動に憤慨するということは、もとより理解し得ることであるが、それと同時に、既に性欲が我慢の限界にまで高まっていたと思われる同人としては、むしろ暴力を加えてでもその抵抗を排除し、一挙に思いを遂げてしまいたいという誘惑に駆られるのも、若い男性の心理としてはむしろ自然であると思われるから、甲の暴行が憤激の念のみに基づくもので、同女の抵抗を排除して姦淫を容易にするという目的がなかったという弁護人の主張(及びこれに副う趣旨にもとれる甲の供述)は、にわかに肯けない。そして、Aを平手で殴打し、同女に殴り返されるや、手拳で強く殴打した甲が、右暴行に引き続き、再び同女に性交を応じさせようとしていること、右暴行によって、同女にかなりひどい怪我を負わせてしまったのに、これを水で冷やす等の手当てを一切していないこと(右暴行が、咄嗟の怒りに駆られた瞬間的な行動であったとすれば、一瞬我に返ったあとでは、むしろ相手の傷を気遣うなどの行動に出るのが自然であると思われる。)、甲は、Aがあくまで性交を拒絶して陰茎の挿入に成功しないとみるや、同女が寝室に行く際その存在を気にしていた(従って、これに対しては性交を承諾していなかった疑いの強い)乙と交代し、同人が性交を挑んでいる最中に、同女の抵抗の気力を挫くに十分な判示のような執拗・陰湿な脅迫行為に及んでいること(なお、弁護人は、甲の右脅迫行為も、姦淫の遂行という目的とは無関係なものである旨強弁するが、右は、その言動のされた時期、状況、更には右脅迫文言の内容等証拠上明らかな事実関係に照らし、到底採用できない。)などの諸事情は、甲のAに対する暴行が、態度を急変させた同女に対する憤激の念のみに基づくものではなく、同女の抵抗を排除して一挙にこれを姦淫するための手段としても行われたものであるとする当裁判所の判示認定を支えるものというべきである。

4 なお、弁護人は、Aを殴打する以前の甲の行為を和姦、その後の行為を強姦と、行為を二分して評価するのは技巧的にすぎて非常識である旨主張する。確かに、それまで、性交に応ずる態度を示していた相手の女性(A)から、ホテルのベッドで、突如性交拒否の態度に出られたとすれば、甲が、右態度に戸惑い、にわかにその真意を測りかねるという心境になることも、もとよりあり得ることである。しかし、当日、甲らは、初対面の若い女子大生(A)に対し、当初嘘を言ってこれを車に乗せ、車中においても、嫌がる同女を執拗に誘って、遂にホテルの一室に連れ込むことに成功したもので、その間暴行・脅迫当の手段こそ用いていないが、かなり強引な方法でことを導いてきたことは、当の甲自身が最も良く知っていた筈である。そして、甲は、Aが、自分との性交を承諾しつつも、同じ一五号室の中の、寝室とカーテン一枚を隔てた居間にいる乙の存在をしきりに気にしていたことも知っていたのである。従って、甲にとっては、このようにかなり異常な状態のもとにおいて同女に性交を挑んだ場合に、同女が翻意して性交を拒絶するに至るということも、全く予期できない事態ではなかったというべきであって、同女が身を固くして陰茎の挿入を妨害しただけでなく、「もうやめようよ。」などと言い出した段階では、同女の態度の戸惑いつつも、同女が性交を承諾していないことを、咄嗟に理解したと認めるのが相当である。従って、甲の暴行を境に、同人の行為が和姦から強姦へ発展したと認める当裁判所の認定は、決して技巧的にすぎたり、非常識なものではない。また、右の理由により、右暴行以降の時点における甲に関する事実の錯誤(承諾ありとの誤信)の主張も、これを採用することができない。

5 次に、乙の強姦の犯意について検討するのに、同人は、当初は、Aは甲との性交に同意しているものと思っていたが、寝室内で二人で何か言い争っている様子だったことを認識するに至っており、また、甲と交代して寝室に入った際には、同女の左目付近が腫れていたことから、甲が殴ってしまいまずいことになったと思ったものの、性交を抑え難く、自らも同女に性交を求めたというのである。従って、乙は、自分が同女に性交を求めた段階では、同女が既に性交に同意していないこと、しかも、甲に殴打されて受傷し、著しく畏怖した状態にあることを理解していたのであるから、乙については、事実の錯誤の主張(承諾ありと誤信したとの主張)は、そもそも成立する余地がない。ただ、同人の場合は、自らは、積極的な暴行・脅迫行為を行っていないともみる余地があり得るが、既に、他の男性によって殴打されて著しく畏怖している全裸の女性に対し、事実上脱出の不可能なホテルの一室において、その上に乗りかかって性交を求めるという行為は、そのこと自体が、被害者の反抗を著しく困難にさせる暴行であるというべきであるから、同人が、強姦罪の構成要件に該当する暴行を自ら実行したことは明らかなことといわなければならない。

6  そこで、更に、両名の共謀の成否(及びその時点)について検討するのに、甲が強姦の犯意を生じてAを殴打した時点においては、乙は未だ隣室の居間において、その状況を目撃してはおらず、むしろ、甲が同女の承諾を得て性交に及ぶものと考えていたとみられるから、右の時点において両名の共謀を認めることはできないが、甲が一旦姦淫を諦めて乙と交代した段階では、甲には当然乙に強姦の機会を与えようという意思があり、乙も、前記5記載のとおり、甲の行った行為と結果を認識しつつ、同人と意思相通じて、自らも強姦の実行に着手したと解されるから、右の段階において、両名は、Aに対する強姦の共謀を遂げたものと認めるのが相当であり、その後は、判示のとおり、両名共同して、交互に姦淫の目的を遂げようとしたものと認められる。

7  なお、この関係では、いわゆる承継的共同正犯の成否について論じておく必要がある。なぜなら、一般に、実体法上の一罪を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担した者は、先行者の行為等を認識・認容していたか、少なくともこれを積極的に利用する意思で加担し現にこれを利用した場合には、遡って先行者が現に行った過去の行為に関する共同正犯が成立し、従って、その結果についても刑責を負うというのが一般の考え方であり、本件における乙には、先行者たる甲の行為と結果についての認識・認容に止まらず、これを積極的に利用する意思すらあったといえそうに思われるからである。ところで、承継的共同正犯の理論を安易に拡大適用するときは、刑法の基本原理である個人責任の原則上、由由しい問題を生ずることが明らかであり、近時の学説は、ほぼ一致して右理論の拡大適用に慎重な態度を示しているのであるが、それにもかかわらず、判例上、前記のような見解が大勢を占めるに至っている最大の理由は、これ以上分割不可能な単純一罪の途中から、先行者の行為を利用する意思で(又は、これを認識・認容しながら)犯行に共謀加担した者(例えば、恐喝罪・詐欺罪等に関する脅迫行為・欺罔行為の終了後、これを積極的に利用して、自らも利得に与かる意思で財物の入手行為のみに関与した者)について、単に、同人が脅迫行為や欺罔行為に関与していないというだけで、刑責を免れさせるというのは、条理上いかにも不合理に思われることなどに着目した点にあると考えられるのである。従って、同じく実体法上の一罪とはいっても、更に分割可能な包括一罪などについて、刑法理論上の問題の多い承継的共同正犯の理論を適用するのには、慎重を要するというべきであろう。ところで、本件において、乙は、前記のとおり、甲が強姦の犯意を生じてAを殴打し、姦淫に成功しないまま一旦犯行を中断したのちにおいて、右犯行に共謀加担したと認められ、いわば包括一罪の途中からの加担者というべきであるから、このような者に対しては、自己が犯行に加わった時点以降の行為についてのみ共同正犯の成立を認め、その限度で刑責を認めれば足り、乙が、先行者たる甲の行為とこれによる結果を認識・認容していたとか、これを利用して自らの姦淫行為を遂行しようとしたからといって、そのことから直ちに、遡って、既に終了した甲の行為について共同正犯の成立を肯定するのは、相当でないというべきである。そして、関係証拠によると、Aの受傷の結果の少なくとも大部分は、共謀成立前の甲の行為によって惹起されたことが明らかであり、乙が共謀加担したのちの行為のみによって惹起された受傷を確認することができないから、乙については、強姦致傷罪ではなく、強姦未遂罪が成立するに止まるというべきである(甲については、同人単独によるか、乙との共謀によるかは別として、甲が刑責を負うべき一連の暴行により同女に判示傷害を負わせたことが明らかであるから、全体として、強姦致傷罪の刑責を免れない。)。

四  現場共謀の認定の可否

1 以上のように、当裁判所は、被告人両名につき、ホテル内での現場共謀の成立を認めたものであるが、弁護人は、本件のように、検察官が、一貫して事前共謀を主張し、弁護人が、右主張を前提に防禦を尽くしてきた事案においては訴因変更又はこれに準ずる手続を経ることなくして現場共謀の事実を認定することができないとも主張している。

2 しかし、本件において検察官が訴因及び冒頭陳述において主張している事実は、被告人両名が、居酒屋「庄や」店内において、被害者Aを強姦する旨意思相通じ共謀を遂げた上、判示ホテル「○○」一五号室に同女を連れ込み、同室内において、両名共同して同女を強姦しようとし、これにより同女を負傷させたという、強姦致傷罪の実行共同正犯の事実であって、両名は、「庄や」店内において右のように意思相通じただけでなく、その後も、右の意思のもとに共同して犯罪を遂行し、ともに強姦の実行行為を行ったものとしてその刑責を追及されているのである。そして、実行共同正犯の主観的成立要件たる「共同実行の意思」は、共謀共同正犯の場合における謀議とは異なり、実行行為の時点においてその存在が立証されれば足りると解されているから、本件のような事案において、被告人らが無罪の主張をしようとすれば、「庄や」店内における意思疎通行為の存在を争うだけでは足りず、強姦の実行行為又は右時点における共同実行の意思の存在を疑わせる証拠を提出しなければならない筋合いであって、本件においても、現に、被告人・弁護人らは、右のような方法によって防禦を尽くしてきたものである(弁護人らの強姦の犯意の不存在に関する主張・立証は、必然的に共同実行の認識の不存在の主張を包含することになるし、特に、第一三回公判期日における被告人質問は、この点を相当程度意識した上でされている。)。そして、当裁判所の認定によると、被告人両名は、検察官の主張するように「庄や」店内においてではなく、ホテル「○○」内で甲がAを殴打して負傷させ、乙と交代した時点において、同女を共同して強姦する意思を固めたものと認められるのであるが、右時点における両名の共謀の成立を認めることは、前記のような訴訟の経過に照らし、何ら不意打ちとなるものではなく、本件は、改めてこの点について訴因変更に準ずるような防禦の機会を明示的に与えなければこれを認定することができないような場合ではない(まして、訴因変更手続を経由しなければ有罪の認定ができない場合ではない)というべきである。従って、弁護人の右主張は、これを採用しない。

第五  窃盗の共謀について

1  検察官は、被告人両名は、共謀の上、被害者Aの所持品中から、金一万円及びテレホンカード一枚を窃取した旨主張しているところ、両名は、共謀の上、金一万円を窃取したことについては全くこれを争っていないが、テレホンカード一枚の窃取については、甲が乙の不知の間に単独で実行したものである旨一致して供述している。

2  ところで、証拠によると、右両名間では、当初、「甲がAを性交している最中に、乙が金を盗んでおく」旨の共謀(謀議)が成立し、現実にも、甲がAに性交を求めている間に乙が金一万円を窃取したが、その後、乙がAに性交を求めている間に手持ち無沙汰になった甲が、Aの財布の中を調べた際、たまたまテレホンカードを発見して、これを一人で窃取し、乙には全く知らせることなく、その後も一人で所持していたものであることが認められ、この点については、右認定と抵触する証拠は全く見当たらない。そして、このような場合においては、甲と乙の共謀にかかる窃取は、乙による一万円の窃取により終了し、その後の甲のテレホンカードの窃取は、乙との共謀とは無関係に、甲の独断で行われたと認めるのが相当であり、右窃取について、乙の共謀による刑責を肯定することはできないと考えられる。

3  もっとも、検察官は、「被告人両名間に、被害者Aから同女所有の財物を窃取する旨の共謀が成立していたのであるから、被告人乙において、被告人甲がテレホンカードを窃取するという具体的な認識がなかったとしても、窃取の共同正犯として刑事責任を問われるのは当然である。」旨主張している。確かに、一般に、甲・乙両名が、丙から財物Aを窃取する旨共謀を遂げたが、乙は、現実には財物Aに加えて財物Bをも窃取したという設例において、窃取にかかる物が「財物」という概念で包摂される限り、財物Bの窃取が甲の予想しない事実であったとしても、右は、いわゆる具体的事実の錯誤として、乙による財物Bの窃取に関する甲の刑責は否定されないと解されている。そして、右の結論は、甲において、「乙が他人の財物を窃取する」という認識を有する事案に関する限り、正当なものというべきであろう。しかし、本件において、乙は、甲との間で、「自ら金員を窃取する」という共謀を遂げただけであり、甲がAの財物を窃取する事態を全く予期していなかったのであるから、本件のような場合を右設例の事案と同視するのは、明らかに相当でなく、むしろ、甲と乙の共謀にかかる窃取は、乙が金一万円を窃取したことにより完了し、その後の甲によるテレホンカードの窃取は、乙の意思とは無関係に、甲が単独で実行したものと認めるのが相当である。従って、本件の事案においては、弁護人の主張するとおり、乙については金一万円の窃盗(共同正犯)のみが、甲については、一万円の窃盗(共同正犯)とテレホンカードの窃盗(単独犯)の包括一罪が成立すると解すべきであり、テレホンカードの窃取の点について乙は無罪であるが、金一万円の窃取とテレホンカードの窃取とは、一罪として起訴されたものであるから、主文において無罪の言渡しをしない。

(法令の適用)

被告人甲の判示第一の所為は包括して刑法六〇条、一八一条(一七九条、一七七条前段)に、同第二の所為は包括して同法六〇条、二三五条に、被告人乙の判示第一の所為は包括して同法六〇条、一七九条、一七七条前段に、同第二の所為は同法六〇条、二三五条にそれぞれ該当するところ、被告人甲の判示第一の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人乙の判示第一の罪は未遂であるから、同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は各被告人ごとにいずれも同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により(ただし、被告人甲については、更に同法一四条をも適用)、被告人甲については重い判示第一の罪の刑に、また、同乙については重い判示第二の罪の刑に(ただし、短期は、判示第一の罪の刑のそれによる。)それぞれ法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人甲を懲役三年に、同乙を懲役一年六月にそれぞれ処し、刑法二一条を適用して、未決勾留日数中、被告人甲に対しては二二〇日を、同乙に対しては七〇日を右各刑にそれぞれ算入し、情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から、被告人甲に対し四年間、同乙に対し三年間右各刑の執行をいずれも猶予し、押収してあるテレホンカード一枚(〈押収番号略〉)は、判示第二の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者Aに還付し、訴訟費用については同法一八一条一項本文により、証人丹治英明及び同木口一廣に支給した分の各二分の一ずつを各被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人らが、深夜、居酒屋で知り合った若い女子大生と会話を楽しんでいるうちに、同女が家出をしてきて行くあてのないことを知ったことから、うまくすれば同女と性交できるのではないかと考えるに至り、「ロイヤルホストに行こう。」などと嘘を言って乙の運転する車に同女を乗せた上、その車内においてホテルに行こうとしつこく誘ったところ、当初嫌がっていた同女がこれを承諾したため、三人で判示ホテルの一室に入り、まず被告人甲が同女と性交に及ぼうとしたが、当初これを承諾する態度を示していた同女が、途中から拒絶するに至ったため、強いて同女を姦淫しようとして、判示のような暴行・脅迫を加えたが未遂に終わり、更に、その後同乙も同甲と意思相通じ共謀の上、同被告人の暴行により畏怖している同女のうえに乗りかかって強いて同女を姦淫しようとしたものの、結局未遂に終わったのであるが、その際、被告人甲は、自己の単独又は同乙との共謀による右一連の暴行により、同女に対し判示傷害を負わせたという強姦致傷(被告人甲)又は強姦未遂(同乙)の事案であって(なお、右のほか、両名について金一万円の窃盗が、また被告人甲についてはテレホンカード一枚の窃盗が各成立する)、当初性交を承諾していたとはいえ、同女が、「もうやめようよ。」という明示的な拒絶の意思を表明したのちにおいて、同女に対する怒りと自己の性欲を満足させたいという気持ちから激しい暴行・脅迫に及び、同女を性交に応じさせようとした被告人甲、更には同被告人による右暴行と同女の受傷を知りながら、自らも高まる性欲を抑え難くこれに同調した同乙の各行動は、いずれにしても強い社会的非難に値するといわなければならない。同女の拒絶の意思を知ったのちにおける被告人らの暴行・脅迫は極めて強烈かつ執拗・陰湿で、暴力団員による犯行をすら連想させるものであり、特に、右犯行全体を主導し、暴行・脅迫の主要部分を自ら実行した被告人甲の刑責は重い。また、同被告人が、少年時代に同種事犯で中等少年院送致の保護処分を受けた前歴を有するのに、またしても同種犯行を繰り返してしまった点も、量刑上相当程度重視せざるを得ない。更に、本件における被害者Aは、これまでに恋人とラブホテルに入ったことはあるものの、未だ性交経験のなかった当時一八歳の女子大生であり、被告人らの行為により同女の受けた肉体的・精神的苦痛、更にはその両親の受けた衝撃には甚大なものがあったと考えられ、このことは、起訴後一年半以上を経過した弁論終結時においても、同女の両親が、弁護人側からの示談交渉に全く応じようとしていなかったことからも容易に推察されるところである。これらの点からすると、検察官の求刑(被告人甲に対し懲役四年、同乙に対し懲役三年)は、必ずしも重すぎるものではないとも考えられる。

二  しかし、他方、本件においては、被告人らのため斟酌すべきいくつかの重要な情状の存することも、率直にこれを認めなければならない。まず、本件においては、既に詳細に判示したところからも明らかなとおり、被害者Aの側にも、自らの意思により、初対面の若い男性二人の誘いに乗って、その車に乗り込んだだけでなく、しつこく誘われた結果とはいえ、こともあろうに、ラブホテルの一室に一緒に入り、全裸になって入浴の上、寝室のベッド上で、右男性の一人(被告人甲)との性交を受け容れる態度を示すという、軽率極まりない行動をとった重大な落ち度があるという点である。同女の右のような行動によりますます性欲を刺激された被告人らが、最後の場面になって突然これを拒絶し出した同女の態度に憤激するとともに、右の段階では到底その性欲を抑え難く、勢いの赴くところ一挙に強姦行為へ突入してしまった点については、このような場面に直面した、若く性欲も盛んな男性の心理に照らし、同情の余地があるというべきである(もっとも、被告人らは、もともと同女をホテルに誘い込んで性交に持ち込もうという魂胆であるのに、言葉巧みに嘘を言って同女を車に誘い込み、車内においても、嫌がる同女を執拗に誘惑して、遂にその気にさせてしまったものであって、性交経験を全く持たなかった同女が複数の男性とのホテルへの同行を承諾するについては、実父との口論による家出中の心細さや自暴自棄の心境とか、意外に好感の持てる被告人らの容貌・態度等複雑な要因はあるにしても、何といっても、いわゆるナンパの経験の豊富な被告人甲の巧みな誘い込みによるところが大きいと認められ、この点については、あながち同女ばかりを一方的に責めることはできない。しかし、いずれにしても、うら若い女子大生――しかも性交経験の全くない――が、初対面の複数の男性とともにラブホテルへ行くことを承諾し、現に被告人甲との性交を一旦は受け容れようとしたということは、被告人らに対する量刑を考える上で、相当な重みを持つ事情というべきであり、その意味において、本件は、路上を通行中の女性にいきなり襲いかかったり、他人の住居に侵入して強姦しようとした事案とか、甘言を弄して車に乗せたあと、暴行・脅迫を用いて無理矢理ホテルへ連れ込んだ事案などとは、犯情において大きなちがいがあるといわなければならない。)。

また、被告人両名は、平成二年六月一五日に逮捕されて以来、いずれも長期間身柄を拘束され(逮捕後の身柄拘束期間は、当時少年であった被告人乙でも優に半年を超え、同甲については、約四〇〇日に達している。)、捜査段階においては、代用監獄において厳しい取調べを受けただけでなく、起訴後は、計一七回に達する公判審理を通じて、自己の行為と結果の重大性を十分認識し、心から反省の情を深めている様子が看取される(なお、被告人らは、公判廷において、強姦の犯意を認めるかの如くまた否定するかの如く、やや曖昧な供述をしているが、判示のような本件の事実経過からすれば、被告人らが右のような供述をしたくなる気持ちも理解できないではなく、そのことの故に、被告人らに改悛の情がないと断ずるのは相当でない。)。

三  右に指摘した諸点のほか、保釈後の被告人両名の生活態度は、勤勉かつ真面目である様子が窺えること、右両名はいずれも若年で、現在のような心境と生活態度を維持する限り、その更生は十分に可能であると思われること、更には、被害者側との示談は成立の目処が立っていないが、被告人側は、弁護人を通じ、既にある程度の金員の提供をしており、右提供にかかる金員は、判示認定のような本件の事実関係及び被告人両名の家庭の事情を前提とする限り、(満足すべき額とは必ずしもいえないにしても、)被告人側の誠意の現れと評価し得る額であること、被告人甲は重度の精神分裂病に罹患している実母を抱え、今や、実父とともにその家庭を支えるべき立場にあり、本人も、そのことを十分認識するに至っていることなどの諸点を併せ総合して考察すると、被告人両名を、今直ちに懲役刑の実刑に処し、社会から隔離した環境におくのはいささか酷に失し、今回に限り、それぞれの刑の執行を猶予し、社会内での更生の機会を与えるのが相当であると認めたが、特に、被告人乙については、本件において果たした役割が従属的で、年上の同甲に引きずられたという面が強いこと、強姦事件において負うべき刑責も強姦致傷ではなく同未遂の限度に止まり、テレホンカードの窃取については無罪であること、犯行当時一八歳の少年で、現在でも未だ二〇歳の若年であり、前科はもちろんさしたる前歴もないことなどをも考慮し、主文の刑を量定した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木谷明 裁判官大島哲雄 裁判官藤田広美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例